サハジャ メディテーションとは?

身近なようで縁遠い -Meditation

Kailash.jpg
目を閉じて、じっと観想にふける。私たち日本人にとって、瞑想・メディテーションとは、決して特別なものではありませんでした。けれども、「実際メディテーションとはいったいどんな意識の状態なのか」とか、「どんな効果があるのか」となると、あまり改めて考えることはないのではないでしょうか。




様々な意識状態

ここではまず、正統なインドにおける意識のとらえかたを紹介しましょう。
普段私たちは主に日中活動し、夜間に睡眠をとる、というリズムを繰り返しながら暮らしています。そのことから、起きている状態と眠っている状態、2つの意識状態があるのがわかります。まず、起きている状態をジャグルティJagrutiといいます。つぎに、眠った状態を2つに分けます。夢を見ている状態スワプナSwapnaと、深く眠った状態スシュプティSushuptiです。これら3種類の意識は、私たちが普段活動する中で、比較的体験する事の多い意識状態です。しかし、古来からインドでは、さらに高次の意識がある、といわれます。「第4の意識」という意味でトゥリヤTurlyaと呼ばれる意識状態です。トゥリヤの意識状態で初めて人は本当の現実・リアリティを知る、といわれます。雑念がなく、意識が清明で、かつ注意深くある状態です。Nirvichara Samadhiとも言われるこの状態では、過去や未来に惑わされる事なく、現在=目の前の現実・リアリティをあるがままに認識し体験することができるといわれます。深いメディテーションの最中、人はこのような意識状態にあるということができます。

1)ジャグルティJagruti 起きている意識状態
2)スワプナSwapna 夢を見ている意識状態
3)スシュプティSushupti 深く眠った意識状態
4)トゥリヤTurya 瞑想状態

こころの静けさMental Silenceとしてのメディテーション

現代風に簡単に説明すると、瞑想状態とは、「思考のない意識状態」と定義できるでしょう。英語では、thoughtless awarenessとか、mental silenceといわれます。日本では伝統的に「無」の境地とか、「三昧」の境地と言われてきました。ある言葉を繰り返したり、何かに集中したり、想像することは、こころが活動している状態にあたるので、ここでいうメディテーションにはあてはまりません。逆説的ですが、こころを静めよう、という努力によって、私たちのこころがかえって忙しくなってしまうのです。心理学でも、比較的個人が良く機能している状態の時には、ある種の流れに自然に乗れている感覚がある、という報告があります。


現在=現実

雑念は過去や未来の影響で起こってくるといわれますが、個人が「現在」に開かれている時は、もう過ぎてしまった変えることのできない過去を嘆いたり、いまだ体験していない未来を思い悩むことなく、目の前の「現実=リアリティ」を体験することができる、といわれます。しかし、これも努力によって現在に留まろうとしても、それを意識すればするほど余分に力が入ってしまい、困難なことがわかるでしょう。現在、という瞬間は意識するそばから過去になっていくので、捉えどころのない点のようなものなのです。


サハジャとは?

サハジャSahajaとは、「生来の」、とか、「自発的な」、という意味があり、「自然(しぜん・じねん)」、とも訳すことができます。そのような意識状態では、人為的な努力を払うことより、自己の性質が、自ずと現れてくることによって様々な物事が進んで行くのを目撃するようになります。本来の意味での、「自然体」です。そのような体験は、「しかるべき事が、しかるべきタイミングで自然現象のように起こった、という感じがするものです。


母なる自然のプロセス

lake.jpgでは、こころが静かで、雑念がなく、現在を愉しむような意識状態はどうすれば可能なのでしょうか。それは、個々人の脊柱の最下部、仙骨に宿るとされる、あるエネルギーが活性化したときに可能になります。クンダリーニと呼ばれるこの力は、大地に種を撒くと発芽するような自然の力で、「母なる力(原初の母性)」といわれます。サハジャ メディテーションでは、自分自身がこのクンダリーニと向き合い、それに働きかけることによって始まります。するとクンダリーニが活性化され、人は自然にメディテーションに導かれていきます。このように、サハジャ メディテーションとは「母なる自然」のプロセスです。自然はそれ自体の摂理をもち、適切なタイミングで命を産み出し、育み、進化させてきましたが、私たちの意識も同様に成長するといわれます。そこでは人為は必要なく、そのプロセスにとってむしろ邪魔なものになりますが、そのようなこころの不自然な緊張やコリはメディテーションにより徐々にほぐれていきます。


一つになること(ヨガ)

このプロセスが始まると、クンダリーニは仙骨から脊柱を上昇し、大脳辺縁系に達します。自律神経のバランスが整い、左右の脳機能のバランスを整えます。自然治癒力を高め、免疫の活動を活発にし、心身のストレスを低下させ、健康を増進するなど、あらゆる否定性に対しての耐性を高めたりもします。そして何より、クンダリーニが頭頂部(大泉門)を貫通し、個人の意識がより大きな宇宙的な意識につながります。この宇宙的な力はインドでは古来パラマ チャイタンニャ(偏在する力)と呼ばれてきたもので、その力との「つながり、合一」こそが、いわゆるヨガYogaという言葉の本来の意味なのです。この一連のプロセスは手のひらや頭頂部に涼風のような感覚を感じることによって体験者本人が確認することができます。自分が注意の対象や周りの環境と一つになっている状態。一つになると、そこで起こること、目撃することは自己の現れに他なりません。主客一如adwaitのなかで、ただ喜びをもって自己を愉しむ境地がそこには存在します。

  • おすすめリンク